※画像は過去の仕事の一場面です。
内容とは直接関係しませんが、感覚的に
重なる部分があり、掲載しています。
2025年は、建築士としての立場について、
あらためて考え直す一年だった。
いくつかの案件を通して、
建築士としての能力や姿勢以前に、
立場そのものが構造的に危うくなる状況があることを、
現実的な手触りとして感じる場面があった。
それは、失敗やトラブルというより、
責任・権限・対価の関係が整理されていない状態で、
善意や経験だけを前に出してしまった結果だったと思っている。
ボランティア的な設計活動を、やめるという判断
これまで私は、
公共性が高いと思われる案件や、
理念的に共感できる計画に対して、
設計の枠を越えた関わり方を選ぶことがあった。
しかし、そうした関わり方は、
- 責任は重い
- 判断は求められる
- 影響範囲は広い
- それでいて、権限と対価が曖昧
という状態を生みやすい。
これは「熱意があるから乗り越えられる」類の話ではなく、
建築士という職能を長く続ける上で、事故につながりやすい構造だと感じるようになった。
ボランティア的な設計活動を減らすことは、
冷たくなることでも、社会性を手放すことでもない。
むしろ、
本当に必要な設計に、
十分な時間と判断力を注ぐための選択だと思っている。
建築士が「立場を超えて解決できる」範囲には限界がある
建築士は、
制度、法規、地域、文化、利用者、施工者など、
多くの立場を調整しながら設計を行う職能だ。
ただしそれは、
すべての立場を代行できるという意味ではない。
今年関わった案件の中には、
宗教的・社会的な文脈を強く含む計画もあった。
そのような案件では、
建築士が前に出すぎることで、
かえって責任の所在が曖昧になり、
事故につながりかねないと感じる場面があった。
立場を超えて解決できることと、
立場を誤認して引き受けてしまうことは、
似ているようで、まったく違う。
その限界を明らかにすることは、
責任逃れではなく、
無駄な動きを減らし、
本当に必要な調整にエネルギーを集中させるために必要だと思っている。
建築士報酬を、条件から考え直す
建築士の報酬については、
国や業界団体から示されている基準がある。
数字としては参考になるが、
そのまま現実に当てはめるには、
実感とのずれを感じることも多かった。
ただ、今年の経験を通して、
報酬を「金額」ではなく、
責任と判断の条件から捉え直す必要性を強く感じている。
- どこまで判断を引き受けるのか
- どこまで責任を負うのか
- 誰が最終決定権を持つのか
これらが明確であれば、
報酬の考え方も、自然と整理される。
逆に、条件が曖昧なまま金額だけを決めても、
建築士の立場は守られない。
来年以降は、
報酬についても、
条件とセットで提示する形を基本にしていきたいと考えている。
無駄な動きを減らし、必要なところに力を使うために
2025年を振り返ってみると、
一番の学びは、
「頑張り続けること」ではなく、
「引き受けない判断をすること」だった。
建築士として、
すべてに応えようとすると、
かえって設計の質が下がる。
- 立場が整理されているか
- 条件が共有されているか
- 役割が一致しているか
それを一つ一つ確認することで、
無駄な摩耗を減らし、
本当に必要な設計に集中できるようになる。
来年に向けて
来年は、
責任・権限・対価が整理された仕事だけを、
建築士として引き受けていく。
それは制限ではなく、
建築を続けるための前提条件だと思っている。
この一年は、
建築士としての立場を、
壊れる前にととのえ直した一年だった。
この記録は、
その途中経過として残しておきたい。